仏教の教えにはビジネス書の参考になっている教えがあります。
よい資料がありましたので掲載します。
この教えは現代で成功しているビルゲイツやスティーブジョブスなど
IT産業の覇者の成功方法ともダブっており
ビジネスセミナーなどでも利用されています。
Illustration by asakura makoto/soshou
自己実現〜己を成功に導くために
(サッパプリッサタム;善人浄心の教え)
「サッパプリッサタム」とは、善人となるために履行すべき下記7つの教えを指す。
1.『タマユッター』とは、「事象の原因が解る人になること」
2.『アッタンユッター』とは「その事象の結果が解る人になること」
3.『アッダンユッター』とは、「己を知る人になること」
4.『マッタユッター』とは「足るを知る人になること」
5.『ガーランユッター』とは「時節を知る人になること」
6.『パリサンユッター』とは「広く社会を知る人になること」
7.『ブッカランヤユッター』とは「人間を知る人になること」
1.『タマユッター』とは、「事象の原因が解る人になること」である。タマユッターで仏陀の意図した所は、三蔵が流暢でなければ、まだ一人前ではないということである。もししっかりとした知識がなければ、カンラヤーナミット(他の人を導き、教え諭す善人)になどなれるはずもない。
確固とした理論を持つ人は、「物事の原因が解る人」であり、その人の特長とは、
1.1 問題を見据え、今起こっている(目前にある)状況を把握し、この先何が起こるかを予測することができる。
1.2 仕事の計画を厳密に立てることができ、その仕事の全局面・全段階を詳細に見据える事ができる。
「物事の原因が解る人」になるための訓練とは、
* ある物事について、博学ではなくとも、普段行っている仕事を勉強することで、その物事について確固とした理論を持ち得ることができる。それには、自分の周囲にあるすべての事象を良く観察することに努め、その上でどのようにしたらよい結果が生み出せるのかを詳細に検討する必要がある。
* 瞑想による精神統一が必要である。なぜなら、いくつかの原因は、我々の目に見えず、それは、前世を越えて我々の元に訪れているからである。このような場合、どんな専門書や教科書を使っても、解き明かすことはできないのである。
2.『アッタンユッター』とは、その事象の結果が解る人間ということである。
「その事象の結果が解る」というのは、目の前に現れているある結果を見て、どの原因から生じたのかをたぐり寄せることができるということである。すなわち、目の前に起こっている結果を見て、その発生原因がわかるということである。「事象の結果がわかる人間」とは以下の特徴を備えていなければならない。
* 実に良い経験を持っている。
* 仏の教えを真に理解していなければならない。
* 真の洞察力がある。すなわち、
* 自らが学習してきた仏の教えまたは知識を、有効に利用できること。
3.『アッダンユッター』とは、己を知る人間ということである。すなわち下記の特徴を備えた人を指す。
* 信仰、すなわち仏陀対し確固たる信念(確信)がある人。
* 持戒、すなわち五戒を日常的に(通常)守れる人。持戒には、接近戒(初級段階、すなわちうっかりして忘れてしまった場合に、戒律に違反する)、接合戒(中級段階、すなわち前者より日常的に戒律を守ることができるが、うっかり理性・意識を失った際に違反してしまうことがある)、浸漬戒(上級段階、すなわち生命を賭けて戒律を守る)の3つの段階がある。
* 経を持つ、すなわち常の仏の教えに耳を傾け、学習しようと努める人。
* 犠牲心がある、すなわち自分の持てる物を、いくらでも犠牲にし、救済のために分け与え、出し惜しみをしない人。
* 知恵がある、すなわち「聞くことで得られる知恵」、「考えることで得られる知恵」「祈ることで得られる知恵」この3種全ての知恵を持つ人。
* 臨機応変の機知がある、すなわち当面の問題解決ができて、様々な問題に対する応酬が行えること。
4.『マッタユッター』とは、足るを知る人間のことである。すなわち、衣・食・住・薬、この四依の消費に於ける「足る」を知ることである。自分自身にとっての「足る」を知るための訓練とは、何をするにも自分の身の丈にあった行いをすること、そうすれば、自分が自分の身体に相応しい存在であることができる。
5.『ガーランユッター』とは、時節を知る人間のことである。すなわち時間の価値を知ることである。時計が刻む一秒一秒の価値を知ること、それは、その一秒一秒は、時間の経過のみを意味するのではなく、老い、そして死をも伴ってやってくることを知ることである。
様々な事柄に於ける時間の割り当ては以下の様に行うべきである。
* 瞑想・精神統一の時間を割り当てる
* 知識を得るための学習時間を割り当てる。
* 未だ疑問に思っている事柄について、その答えを質問する、または探求するための時間を割り当てる。
* 継続的に精神統一する力(集中力)をつける訓練をするため、静かで平和な場所へ退避する時間を割り当てる。
6.『パリサンユッター』とは、広く社会を知った人間のことである。すなわち、その地の風俗習慣そして社会を知る人間を指し、社会へ適応することができ、様々な礼節を合わせ持っている。カンラヤーナミット(他の人を導き、教え諭す善人)が、習得しなければならない事とは、宗教儀式を正しく執り行うための決まり事すべてである。すなわち、受戒懇請の言葉、読経懇請の言葉、礼拝読経、お布施の言葉である。
7.『ブッカランヤユッター』とは、人間を知る人」のことである。すなわち、人間の身体の中で信仰心が発展する段階、人間の知性が発展する形態を知っていることであり、以下のように分類することができる。「仏陀を見たい人々」「仏陀の教えを聞きに行こうとする意思があるため、仏陀を見たい人々」「真剣に仏陀の教えを聞く人々」「真剣に仏陀の教えを覚えようとする人々」「真剣に仏陀の教えを検討する人々」「仏陀の教えを真剣に実行する人々」そして最後に「耳にしてきた仏陀の教えを忠実に実行し、カンラヤーナミット(他の人を導き教え諭す善人)の役割を果たしている人々」である。我々は、最後のグループに属する人々を選んで、仏教に関する仕事を執り行う仏教集団を形成する
Illustration by asakura makoto/soshou
よい資料がありましたので掲載します。
この教えは現代で成功しているビルゲイツやスティーブジョブスなど
IT産業の覇者の成功方法ともダブっており
ビジネスセミナーなどでも利用されています。
Illustration by asakura makoto/soshou
自己実現〜己を成功に導くために
(サッパプリッサタム;善人浄心の教え)
「サッパプリッサタム」とは、善人となるために履行すべき下記7つの教えを指す。
1.『タマユッター』とは、「事象の原因が解る人になること」
2.『アッタンユッター』とは「その事象の結果が解る人になること」
3.『アッダンユッター』とは、「己を知る人になること」
4.『マッタユッター』とは「足るを知る人になること」
5.『ガーランユッター』とは「時節を知る人になること」
6.『パリサンユッター』とは「広く社会を知る人になること」
7.『ブッカランヤユッター』とは「人間を知る人になること」
1.『タマユッター』とは、「事象の原因が解る人になること」である。タマユッターで仏陀の意図した所は、三蔵が流暢でなければ、まだ一人前ではないということである。もししっかりとした知識がなければ、カンラヤーナミット(他の人を導き、教え諭す善人)になどなれるはずもない。
確固とした理論を持つ人は、「物事の原因が解る人」であり、その人の特長とは、
1.1 問題を見据え、今起こっている(目前にある)状況を把握し、この先何が起こるかを予測することができる。
1.2 仕事の計画を厳密に立てることができ、その仕事の全局面・全段階を詳細に見据える事ができる。
「物事の原因が解る人」になるための訓練とは、
* ある物事について、博学ではなくとも、普段行っている仕事を勉強することで、その物事について確固とした理論を持ち得ることができる。それには、自分の周囲にあるすべての事象を良く観察することに努め、その上でどのようにしたらよい結果が生み出せるのかを詳細に検討する必要がある。
* 瞑想による精神統一が必要である。なぜなら、いくつかの原因は、我々の目に見えず、それは、前世を越えて我々の元に訪れているからである。このような場合、どんな専門書や教科書を使っても、解き明かすことはできないのである。
2.『アッタンユッター』とは、その事象の結果が解る人間ということである。
「その事象の結果が解る」というのは、目の前に現れているある結果を見て、どの原因から生じたのかをたぐり寄せることができるということである。すなわち、目の前に起こっている結果を見て、その発生原因がわかるということである。「事象の結果がわかる人間」とは以下の特徴を備えていなければならない。
* 実に良い経験を持っている。
* 仏の教えを真に理解していなければならない。
* 真の洞察力がある。すなわち、
* 自らが学習してきた仏の教えまたは知識を、有効に利用できること。
3.『アッダンユッター』とは、己を知る人間ということである。すなわち下記の特徴を備えた人を指す。
* 信仰、すなわち仏陀対し確固たる信念(確信)がある人。
* 持戒、すなわち五戒を日常的に(通常)守れる人。持戒には、接近戒(初級段階、すなわちうっかりして忘れてしまった場合に、戒律に違反する)、接合戒(中級段階、すなわち前者より日常的に戒律を守ることができるが、うっかり理性・意識を失った際に違反してしまうことがある)、浸漬戒(上級段階、すなわち生命を賭けて戒律を守る)の3つの段階がある。
* 経を持つ、すなわち常の仏の教えに耳を傾け、学習しようと努める人。
* 犠牲心がある、すなわち自分の持てる物を、いくらでも犠牲にし、救済のために分け与え、出し惜しみをしない人。
* 知恵がある、すなわち「聞くことで得られる知恵」、「考えることで得られる知恵」「祈ることで得られる知恵」この3種全ての知恵を持つ人。
* 臨機応変の機知がある、すなわち当面の問題解決ができて、様々な問題に対する応酬が行えること。
4.『マッタユッター』とは、足るを知る人間のことである。すなわち、衣・食・住・薬、この四依の消費に於ける「足る」を知ることである。自分自身にとっての「足る」を知るための訓練とは、何をするにも自分の身の丈にあった行いをすること、そうすれば、自分が自分の身体に相応しい存在であることができる。
5.『ガーランユッター』とは、時節を知る人間のことである。すなわち時間の価値を知ることである。時計が刻む一秒一秒の価値を知ること、それは、その一秒一秒は、時間の経過のみを意味するのではなく、老い、そして死をも伴ってやってくることを知ることである。
様々な事柄に於ける時間の割り当ては以下の様に行うべきである。
* 瞑想・精神統一の時間を割り当てる
* 知識を得るための学習時間を割り当てる。
* 未だ疑問に思っている事柄について、その答えを質問する、または探求するための時間を割り当てる。
* 継続的に精神統一する力(集中力)をつける訓練をするため、静かで平和な場所へ退避する時間を割り当てる。
6.『パリサンユッター』とは、広く社会を知った人間のことである。すなわち、その地の風俗習慣そして社会を知る人間を指し、社会へ適応することができ、様々な礼節を合わせ持っている。カンラヤーナミット(他の人を導き、教え諭す善人)が、習得しなければならない事とは、宗教儀式を正しく執り行うための決まり事すべてである。すなわち、受戒懇請の言葉、読経懇請の言葉、礼拝読経、お布施の言葉である。
7.『ブッカランヤユッター』とは、人間を知る人」のことである。すなわち、人間の身体の中で信仰心が発展する段階、人間の知性が発展する形態を知っていることであり、以下のように分類することができる。「仏陀を見たい人々」「仏陀の教えを聞きに行こうとする意思があるため、仏陀を見たい人々」「真剣に仏陀の教えを聞く人々」「真剣に仏陀の教えを覚えようとする人々」「真剣に仏陀の教えを検討する人々」「仏陀の教えを真剣に実行する人々」そして最後に「耳にしてきた仏陀の教えを忠実に実行し、カンラヤーナミット(他の人を導き教え諭す善人)の役割を果たしている人々」である。我々は、最後のグループに属する人々を選んで、仏教に関する仕事を執り行う仏教集団を形成する
Illustration by asakura makoto/soshou
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by mugenz123
| 2011-05-17 20:15