田舎で暮らすクリエイティブ生活


by mugenz123
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ラオス滞在

ヴィザの取得でラオスに滞在している。
静寂でよいところだ。
山岳部の間を流れるメコンの支流が美しいので
撮影したのでアップ。


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1/21&22,2011ルアンプラバーンにて
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by mugenz123 | 2011-01-23 11:57

瞑想の功徳

仏陀の時代、当時まだシッダールタ太子であった釈尊は苦しみを超越するための正道を求めて出家をされた。そして6年もの歳月を経て太子自身ついに「苦を乗り越える正道は正しい瞑想の実践」にあることを発見された。これによって邪心を完全に追放し、真の幸福を得る最高の段階へとご自身を昇華するに至った。

初期の教えの中で釈尊は瞑想の功徳を5つ挙げている。

すなはち、知見の源となる真理を見極める心眼を得て、智慧をもってあらゆる事象を正しく認識できるようになること。自身の過去や未来の状況をはっきり理解する知力を得ること。生命生滅の理や死後どこへ行くのか、どのような行為によってこのような生を得たのかはっきり判るようになること。自分の中の煩悩を消し去ることを知るようになること。そして最後の5つ目は悟りを得ること、つまり心の中に光明が差し込み、森羅万象に対する視界を広げる手立てを得ることである。

meditation
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Illustration by asakura makoto/soshou

釈尊は、さらに瞑想修業における瞑想の功徳を4つ挙げている。それは次の通りである。

1.幸福感を得る。
瞑想を実践する者はあらゆる事柄から解放され、緊張を解きほぐすことを知って生命の喜びを得る。そして心の動きが身体の中心から完全に止まったとき更なる喜びを感じ、真の幸福を得るのである。心の動きが止まると苦しみがなくなり、普段感じている幸せとは単に苦しみを紛らわすための一時の余興に過ぎないことを直ちに悟る。一方、瞑想から生じる幸福感は未来への継続性を備えている。正しく瞑想する者は臨終ののち極楽浄土への正道を歩み、煩悩を消滅させた者であれば涅槃に進んで無上の喜びを得る。

2.知見を得る。
人類の英知は視野の拡大と共に輝きを増してきた。この世界や自分自身に対する可視範囲には肉体的な限界があり、そのため人類は顕微鏡や望遠鏡といった道具の開発を進めてきたわけではあるが、人間はけっして自身の心の内を覗く道具を発明することはできない。それゆえ人間は浄土や地獄、涅槃(悟りの境地)といった概念一切を容易には理解できない。心落ち着くまで瞑想を実践してこそ「知見」という道具、すなはち人間が自身の心の内を見つめ、この世界や生命の真理を知り、内にある煩悩に気づいてそれを取り去り、ついには自身を真に苦から脱却せしめる道具を初めて手にすることができるのである。

3.安詳(意識の安定と集中)を得る。
意識には、正しい考え・言葉・行いに対して注意を促す役割があり、瞑想によって安定した意識を生みだすことができる。つね日ごろ瞑想を実践する者は何事に対しても集中力が欠けることなく、感情にも振り回されず、短絡的に悪行に陥ることもない。意識を持つことで豊富な智慧を生む自己制御が維持され、思考の自在性が獲得されて視野も大きく広がる。舵を自在に操作して進む船のごとく整理された思考回路を得ることができるので、十分な智慧を働かせて事象を深く掘り下げることができるようになる。

4.煩悩を滅却できる。
心に潜む物欲や煩悩は極めて厄介な存在であり、われわれに苦しみをもたらす。人間の諸行は煩悩の力に大きく苦しめられており、瞑想の実践によりこの苦から脱却することができる。たとえば短気で怒りやすい多くの人たちについて、瞑想初期の段階においても落ちついた慈悲深い人へと変化する姿が見受けられる。さらに一部の人たちは瞑想によって内省が進み、自分自身がよく解るようになる。これらの事象が示すこと、すなはち瞑想実践は妄想や無知を減少させ、更に深いところで人間の煩悩を完全に取り去る。そして最終的には自身を仏(阿羅漢)として完成させ、輪廻転生からの解脱へと進んでいくのである。
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by mugenz123 | 2011-01-13 19:51