田舎で暮らすクリエイティブ生活


by mugenz123
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このお話はチェンマイのギュウロム寺の夜の法話で聞いた話だ。

毎朝4時起きなので夜の法話は眠気が出て来て辛いのだが
妙に印象深いお話だったので鮮明に記憶している。

『性格は運命をつくる(??)』

性格→習慣→行動→結果=運命

自業自得、因果応報などの言葉のように結果には原因が必ずあり
良い因は良い果を生み
悪い因は悪い果を生む。
良い運命を求めるなら大元の性格から良くしないといけない。

意地悪で性格のねじ曲がった人の「果』と
優しく親切な人が生む『果』くらべると
優しく親切な人が生む『果』のほうが
どう考えてもよい運命をもたらすだろう。

大元の「性格」を修正すれば運命が良くなるのだったら、
じゃ、その性格の修正の仕方だ?

人間は本来仏性(純粋無垢で美しい心)をもっていて
それを引き出せば良い『性格』→良い『運命』とリンクしていく。
生まれたときは純粋無垢で美しい心が年月とともに汚れや垢が沢山ついてしまうので心のお掃除をして綺麗にすればよいのであり、一つ一つ悪い所を見つけて修正しなくてもよい。

純粋無垢で美しい心にする方法は最近沢山あるようだけど詐欺も多いようで霊感ナントカ、啓発ナントカ、怪しげなのには注意したい。
お金がかからず安全で確実なのがお寺などで指導する座禅や瞑想。
インドが発祥で4000年前から現代でもさかんにおこなわれていて、2500年前に釈尊が完成させた瞑想は副作用もなく安全であることは歴史が証明してる。
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illustrated by asakura soshou

瞑想は宗教と関係なく独立した存在としても成り立っているので
宗教嫌いの人でも、仏教以外のキリスト教やイスラム教などの他宗教でも瞑想指導は受けれる場合がほとんど。


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ギュウロム寺の近くのバーンクーン寺本堂で法話を聴く日本人修行僧
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by mugenz123 | 2009-09-16 10:56

托鉢

チェンマイの寒村に素足で托鉢に出た。

僧侶を乞食(こつじき)ともいう。
働かないで人に食べ物を乞うて生きて行くからである。

日本では托鉢をすると石を投げられそうだけどタイでは
僧侶に食べ物や布施する事を功徳してとらえて積極的なのだ。

銅鑼をならし素足で歩いて托鉢してると寒村の粗末な家から素足で
農民がでてきてお米とかの食料を鉢に入れてくれる。
貧しさのなか無理しての供物だ。
心にジーンとくる。

お坊さんは感謝の手を合わせてはいけない。
タイ語かパーリ語で
この信心深い寒村の農民に功徳と幸がありますようにお経をとなえる。

サッピーティヨー ウィワッシャント サッパローコ
ウィナッサトウ、マーティ……

釈尊の偉大さに布施があるのだろうけど
実際にいただくのはにわか坊主のオイラ。
寒村の農民より豊かなオイラ。
信仰深い民に胸が熱くなってしまった。。c0142471_951640.jpg
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by mugenz123 | 2009-09-09 09:06 | 田園生活

チェンマイ瞑想修行

8月にチェンマイで瞑想修行をしてきた。場所はチェンマイ市内から
車で1時間のところで標高は1000mの高原。
ギュウロム寺を宿泊所にパナワット、スワンペッケゥの2カ所の
静寂で美しい自然に囲まれた瞑想場で修行した。
気候はタイの気候とは思えない北海道や軽井沢の様な気候で
夏場でも朝晩はトレーナが必要だった。
指導はタイの僧侶で日本の座禅とは違い厳格な感じではなく
リラクゼーションを中心にした方法なので
気持ちよさが全面に出てしまい居眠りに突入しやすい。

指導された通りにゆったりとした心で雑念を排除して座っていると
意識が変わり始めた。

息をすって 私はしずかさを感じ、 息をはいて 私は微笑んだ。

この今に生きることこそが、すばらしい最上の一瞬(ひととき)。

身も心も 微笑む。今このままが すばらしい最上の一瞬(ひととき)。

光りと喜びがからだを優しく包み込みはじめたのだ。

タンマガーイ(法身)に達した瞬間だ。

宗教に関係なくキリスト教、イスラム教の人にも瞑想指導をしてるそうです。



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イメージ画/朝倉塑象
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by mugenz123 | 2009-09-08 06:26 | 田園生活