田舎で暮らすクリエイティブ生活


by mugenz123
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瞑想と超能力と厭世と創作

昨年、タイでの長期の瞑想修行の寺隠りから還俗してしばらく厭世的生活をしてしまった。理由は一時期的であったが還俗後しばらくある種の超能力的なものが、人の心を読み解いてしまうからであった。
ほとんどの人は仏教で説くところの三毒の貪・瞋・癡(とん・じん・ち)の諸悪、苦しみの海で大波のように三毒を増幅させて醜く生きている。だからイジメや戦争や殺人などの悪業が起きるのだろうと理解している。
これが世俗生活そのものなんだと気がつくと寺での厳しい戒律生活も理想に思え厭世が増幅してしまっていた。
世俗生活もしばらくすると徐々に厭世感も消え、不思議と三毒も生きて行く上のスパイスであり、毒も適量は薬であると思えてしまい、寺隠りを再び始めようとも考えなくなり世俗生活に無事着地することができた。
寺で修行した瞑想は心のリセットをしたり強迫観念を消したり、心によい結果をもたらすので、よき生活必需習慣となっている。また創作のテーマやヒントにもしている。
瞑想での結果を日誌に付けてるが、瞑想は言葉だけでは表現しきれない。たとえば、「甘い」ということを伝えるときに、いくら口で表現してもわからない。同じ甘さでも白砂糖の甘さと蜂蜜の甘さは違うし、果物でもリンゴ の甘さと柿の甘さは違います。この甘さを本当に知るには自分が味わってみる以外にはわかりようがない。これを「冷煖自知」とか「言詮不及、意路不到」とも いいます。
私の場合は言葉以外で表現を助けるものに絵の世界があるのでPCを利用して短時間で感じた事を瞑想画として瞑想を記録する補助としてる。この絵の多くはエスキースで、いつかは油絵か樹脂絵の具で大画面に仕上げたいと考えてます。
また陶器の表現に瞑想から感じる光を表現出来ないか模索していて試作をしようと考えてますので陶芸の創作にも良いヒントを貰っています。
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by mugenz123 | 2012-11-08 10:55